NBA FAN's-GYM

減量・ダイエットなどのボディメイクを行う上でのトレーニングや食事の知識・方法をご紹介すると共に、趣味のNBAについて主観的に語り、バスケのパフォーマンス向上に役立つ情報も提供する!!

選手名鑑:カワイ・レナード

f:id:zwki-178:20170318162331j:plain

<プロフィール>

カワイ・アンソニー・レナード(kawhi Anthony Leonard) #2
 
ポジション:SF
身長 体重:2.01m 104kg
 
1991年6月29日生まれ。(26歳)
カリフォルニア州リバーサイド出身。
愛称:クロウ
  「クワイ」と発音されることもある。
  私は、クワイと呼んでいるので、以下「クワイ」で。
 
 
まずは、クワイ・レナードがどういう選手なのか、知っていただきたい。
これを見れば、すぐに分かるだろう。
 
 
2011年ドラフトで1巡目11位にINDから指名されたが、当時SASだったジョージ・ヒルと交換でクワイ・レナードとダービス・バータンズの交渉権を獲得し、レナードと複数年契約を結んだ。
バータンズも今シーズンからSASと契約し、3Pシューターとして活躍している。
 
レナードは、手の大きさが人並み以上あることからThe Craw(クロウ)と呼ばれている。
 
2011年ドラフトには、他にも全体1位で指名されたカイリー・アービング、オールスターに出場したケンバ・ウォーカー、スプラッシュブラザーズの一人のクレイ・トンプソン、ジミー・バトラーやチャンドラー・パーソンズなどがいる。
 
その中でもレナードは、今やSASのフランチャイズプレーヤーとして飛躍的な成長を見せている。
 
得点も1試合平均20得点以上を記録できる選手でNBAを代表する選手にまで成長している。
 
レナードは、ルーキーシーズンから毎年のように成長を遂げ、様々な賞を受賞している。
 
☆受賞歴
・NBAチャンピオン 1回
・NBAファイナルMVP 1回
・スティール王 1回
・オールNBA1thチーム 1回
・オールディフェンシブ1thチーム 2回
・オールディフェンシブ2ndチーム 1回
・NBA最優秀守備選手賞 2回
・NBAオールスター出場 2回
・オールルーキー1thチーム 1回
 

 

NBAチャンピオンは、2013-2014、レブロン、ウェイド、ボッシュ率いるMIAとの対戦を制してのタイトルだった。
そして、ディフェンスで見事にレブロンを抑えたレナードは、それを高く評価され、ファイナルMVPを獲得した。
 
当時レナードは、22歳という若さ。
ティム・ダンカンが保持していた史上最年少でのファイナルMVPを受賞した。
 
レナードは、SASに相応しいフランチャイズプレーヤーだと思う。
壇上で話すことはレナードにとって嫌いなこと。
普段、公で話すようなタイプでもなく、ただ黙々とバスケットをしているようなプレーヤーで笑顔を見せることもほとんどない。
 
レナードが頭角を現す前は、ティム・ダンカンがSASのフランチャイズプレーヤーとして君臨していた。
ただ、ダンカンも公の場を嫌い、コートでのプレーも地味と言われるくらい堅実なプレーを見せて、派手なプレーは特になかった。
しかし、バスケットに対する姿勢は相当なもので練習も黙々としていたという。
 
引退の記者会見にも出席せず、代わりにHCのグレッグ・ポポビッチが出てくることもあった。
 
地味だけど、確実にバスケットをしているチームがSASというイメージがある。
選手は、必ずチームのシステムを理解して動いていて、恐らく、たくさんのルールがある中でバスケットをしている。
それがベンチメンバーも含め、全選手に浸透していて、まるで軍隊のようなチームだ。
 
クワイ・レナードは、まさにそんなチームカラーに合ったフランチャイズプレーヤーだろう。
 

 

 

 

f:id:zwki-178:20170318165717j:plain

<寡黙で努力家なレナードへの洗礼>

レナードは、今シーズンで7年目のNBAプレーヤーだが、ルーキーシーズンは、リチャード・ジェファーソンが同じポジションでスターターとして出場していたので、ベンチスタートの機会が多かった。
 
しかし、2011-2012の途中でジェファーソンはGSWへ移籍すると、レナードがスターターから出場することが多くなった。
 
SASは、ウエスト1位の成績でプレイオフに進出する。
1回戦、2回戦とスイープで勝ち抜き、負けなしでカンファレンスファイナルまで駒を進めた。
ファイナルを目前にしたSASだったが、OKCに2勝4敗で破れた。
 
ただ、レナードは、1年目にしてプレイオフで14試合を経験し、MPG27.1の出場時間を貰った。
ルーキーの段階でここまで経験を積むことが出来るチームは、なかなかないだろう。
 
プレイオフでの成績は、PPG8.6、RPG5.9、APG1.2、FG成功率50.0%、3P成功率45.0%を記録した。
 
2012-2013、2シーズン目になるレナードは、確実に出場時間を伸ばし、MPG31.2の出場時間を与えられた。
ルーキーシーズンのMPG24.0よりも7分以上多く1試合の出場時間を増やした。
SASの主力メンバーとして活躍していたティム・ダンカンがMPG30.1、BIG3で最も若いトニー・パーカーでもMPG32.1という出場時間だ。
それを考えると、すでにこのシーズンからレナードがSASの主力メンバーとして活躍を期待されていたことが分かるだろう。
 
それと同時に、SASのグレッグ・ポポビッチHCが、いかに選手の出場時間をコントロールし、なるべく選手にシーズンでの負担をかけないよう気を配っていることもわかる。
グレッグ・ポポビッチHCは、常に選手のコンディションを気遣い、プレイオフを見据えてシーズンを闘っているのだ。
 
このシーズンのSASは、ウエスト2位でプレイオフ進出を決めた。
2シーズン目のレナードは、若いうちから常勝SASの一員として、チームのシステムを理解し、勝ち癖を付け、プレイオフでの経験も多く積むことが出来た。
 
そして、このシーズンでNBAファイナルを経験することになる。
相手は、レブロン、ウェイド、ボッシュのスリーキングスが在籍するMIA。
 
レナードがマッチアップをする選手は、同じポジションの"キング"ことレブロン・ジェームズだ。
 
レナードは、チームで3番目のスコアラーとしてPPG14.6を記録。RPG11.1、SPG2.0とディフェンスでの貢献もした。
 
ただ、レブロンを相手にあと一歩及ばず、シリーズは、3勝4敗で敗退し、NBA制覇を逃した。
それでも2年目のレナードにとっては相当、大きな経験になったに違いない。
 
 
SASは、3年目のレナードに対してチームオプションを保持していたが、もちろんこれを行使し、契約を延長した。
 

 

 

 

f:id:zwki-178:20170318170836j:plain

<雪辱のリベンジマッチ>

2013-2014、レナードにとっては3年目のシーズン。
SASといえば、ダンカン、ジノビリ、パーカーのBIG3だったが、この辺りからSASの世代交代が本格的にされていく。
 
シーズン成績は、前年よりもさらに伸ばし、PPG12.8、RPG6.2、APG2.0、SPG1.7、FG成功率52.2%、3P成功率37.9%を記録した。
 
得点を量産するプレーヤーというよりもディフェンダーとして評価されることが多くなった。
レナードの手はとても大きく、ディフェンスでは相手の視界を遮ることができる。
 
手首から指先までは、30cm程あると言われている。
テニスラケットと比較されるくらいの大きさで、かつてNBAのビッグマンとして一世を風靡した"シャック"ことシャキール・オニールと同じ大きさだという。
そう考えると、手が大きくてフリースローが苦手というシャックも練習すれば入るのでは?と思ってしまうが...
 
また、手の大きさ以外にもレナードは、ウイングスパン(両手を広げた時の長さ)もとても長い為、どこからでも手が出てくるので、スティールにも気を付けなければならない。
ディフェンスにつかれると実に厄介な選手だろう。
 
レナードのウイングスパンは、2.21mもある。
通常、ウイングスパンは、身長と同じくらいが一般的と言われているが、レナードの身長は、2.01mなのでプラス20cm程長い。
 
ウイングスパンが長ければ、リバウンドを取るのも有利になる。
この年、2.01mのSFというポジションからキャリアハイの16リバウンドをマーク。
オールNBA2ndチームにも初選出し、ディフェンスとしての地位を確立しつつあった。
 
チームは、62勝20敗という成績でウエスト首位でプレイオフに進出。
好調を維持し続けたSASは、2年連続でNBAファイナルまで勝ち進んだ。
 
そして、イースト代表は、またしてもMIAだった。
レナードにとっては、レブロンの壁を越えなければNBAチャンピオンにはなれないとでも言うかのような運命のリベンジマッチが始まる。
 
3年目のレナードは、昨シーズンレブロンの前で敗戦した雪辱を晴らす為に、持ち前のディフェンスで奮闘する。
 
レブロンがボールを保持すると、ギアを上げられる前にぴったりマークし、その大きな手でレブロンの視界を常に遮る。
ドライブにも抜かれないよう付いていき、タフショットを打たせようとする。レブロンは、タフショットになると思うとパスを裁くことくらいしかできなくなる。
レナードは、終止集中力を切らさずにレブロンとのマッチアップに集中した。
 

f:id:zwki-178:20170318171003j:plain

 
デフェンスから流れを掴むとオフェンスでも活躍していく。
レブロンがディフェンスに付いていても構わず攻めていき、得点を取った。
 
レナードはシリーズを通して、MPG33.4の出場で、PPG17.8、RPG6.4、APG2.0、SPG1.6、BPG1.2、FG成功率61.2%、3P成功率57.9%というオールラウンドな活躍をみせた。
 
終わってみれば、4勝1敗という成績でNBA制覇をし、昨年のリベンジを果たした。
レナードは、ティム・ダンカン以来の22歳という最年少でファイナルMVPを獲得した。
 
このシリーズでのディフェンスによって、レナードはNBA屈指のディフェンダーとして評価されることになった。
  

youtu.be

 

 


 

f:id:zwki-178:20170318172129j:plain

<攻守揃ったレナードの新生スパーズ始動>

「レナードは、間違いなくチームの顔となる選手になる。」
 
グレッグ・ポポビッチHCは、レナード入団当初からレナードに対してこのようなコメントをしていた。
その言葉の通り、レナードはファイナルMVPまで獲得し、SASのフランチャイズプレーヤーだけに留まらず、全米から注目される選手へと成長した。
 
2014-2015、昨シーズンよりも4pt程高いPPG16.5という数字をマーク。
4月5日のGSW戦では、キャリアハイの7スティールを記録するなど、SPG2.3でスティール王にも輝いた。
ディフェンスでの貢献度が高く評価され、ついに、NBA最優秀守備選手賞を獲得した。
 
レナードが6スティールを記録した試合↓
 
2015-2016、毎年のように得点力を上げてきたレナードは、さらに得点力を強化してきた。
PPG21.2、RPG6.8、SPG1.8、BPG1.0、FG成功率50.6%、3P成功率44.3%とキャリア最高の3P成功率を記録した。
 
そして、レナードはこのシーズンでようやく、NBAオールスターに初選出される。
これにより、人気と実力を兼ね備え、スーパースターの仲間入りを果たした。
NBA最優秀守備選手賞は、2年連続で受賞。オールNBA1stチームにも選出された。
 
それでもレナードの寡黙であまり笑わない性格は変わらず、ダンカンを次ぐSASらしいエースでしっくりくる感じ。
 
そして、このシーズンが終了した時点でSASの大黒柱、ティム・ダンカンが引退。
 
2016-2017、ダンカンの意思を受け継いだレナードが新生SASのエースとして躍進する。
 
オフシーズンにマイケル・ジョーダンやステフィン・カリーが行ったトレーニング法を用いてワークアウトを行った結果、2016-2017の成績は、PPG25.5、RPG5.8、APG3.5、SPG1.8でキャリア最高の得点力を見せた。
 
攻守共にこれだけハイレベルなプレーを見せる選手は、NBA全体をみても少ない。
 
例えば、歴代最高の3Pシューターの呼び声が高いステフィン・カリーでもディフェンス力があるかといったらそうでもない。
今シーズンのMVP候補のジェームズ・ハーデンは、ディフェンスをやりすらもしない。
 
逆に、コービーからもディフェンスを絶賛されたトニー・アレン、過去コービーと激しいマッチアップをしたラジャ・ベルやブルース・ボウエンは、1試合平均26得点ができるかといったらそうでもない。
 
攻守揃ったカワイ・レナードは、NBAでとても価値の高い選手で、今後10年以上はスーパースターとして活躍できるだけの才能を持ち合わせているだろう。
 
残念ながら、2016-2017のプレイオフは、GSWとの試合で足首を捻り、レナードを欠いたSASは呆気なく敗退した。
 
 
 
 
2017-2018、レナードはシーズン序盤を怪我で出場することができず、レギュラーシーズンを余儀なく欠場した。
 
結局、9試合の出場に留まり、バスケから遠ざかった期間が長くなってしまった。
これによって、レナードのバスケパフォーマンスが低下しなければ、NBAの第一線でまだまだ活躍していけるだろうが、このまま怪我を繰り返すようなことがあれば、デリック・ローズのように、NBAでの頂点と地獄を味わうことになるかもしれない。
 
レナードの移籍話が耐えない状況の中、ついにレナードは、デマー・デローザンとのトレードによってTORへと移籍することになった。
 
新天地でのレナードの活躍に期待したいところだが、2018-2019終了後にはFAとなってしまう。
そこでレナードは、ロサンザルスへ行くのではないかと予想されている。
 
TORで充実したシーズンを送ることができるかどうか注目したいところだが、ここまでレナードが成長できたのは、ポポビッチHCが彼のポテンシャルを見抜き、それに応えたレナードの努力があったからということを忘れないでおこう。